天翔る 第一章 始まりは告げられて 第九話 【彼の企み】 「えーっと…『流れ行く風、悠久の時間さえこれを阻むものにはあらず。彼方より語る終わりなき神話に刻むは―』」 「おい、ちょっと待て」 先程から一心に解読を続けていたソラディアナの集中を妨げたのは、肩を掴んできたクラウスであった。 今まで夢中になりすぎて彼らの会話を全く聞いていなかった彼女も、今回ばかりは意識が解読から話しかけて きたクラウスの方へと向かう。 「何?あとちょっとで全文解読し終わるのにっ」 ソラディアナは自分の楽しみを途中で中断されてしまったためか、多少恨みの篭った声になってしまう。 「お前、ちゃんと考えてから読めよ。もしこれが何かの魔術を発動させる言霊だったらどうするんだ」 クラウスはそんな彼女の心境が篭った声など気にせずに、言い聞かせるように言い放った。 彼に言われて初めてその事実に気づいたソラディアナは、「あ…」、と情けない声を出す。 普段、ソラディアナたちが今居るような古い神殿や遺跡は世に知られていない未知の魔術が残されている事 がたまにあり、うっかりそれを発動させてしまっては大事になりかねない。 クラウスは床に刻まれた文字を言葉にしながら解読していた彼女にその事を指摘したのだ。 それを忘れてしまっていたソラディアナは慌てて両手で口を塞ぐ。 そんな二人のやりとりと横目で見ながら、ライベルトは彼らとは全く別の事を考えていた。 彼は城付きの魔術師であるため魔術に関しての知識はソラディアナやクラウスに比べたら倍以上ある。 だからだろうか、彼女が解読していた文章をどこかで見たような気がしたのだ。 さて、何だっただろうか――ライベルトはしばらくの間思案をする。 そうやって数分考え込んだ後に、やっと今まで溜め込んできた知識の中からその答えを見つけ出す事ができた。 「ああ、だからですか…」 そう言い、ライベルトは一人納得すると誰にも気づかれぬようにこっそりと魅力的に微笑む。 そして、今だ何かを話し合っている二人に向かってこう言い放った。 「二人とも、随分と仲がよろしいですよねぇ…」 あまりに突然に喋りかけてきたライベルトの言葉に、二人は一瞬呆気に取られる。 そんな彼女たちの姿を面白そうに眺めたまま、彼は言葉を続けた。 「システリア様は王子としての身分も関係しているでしょうが、顔も整っているので女性の方にはそれはもうモテ たんですよ。なのに、今まで浮いた噂一つなかった。何でだと思います、お嬢さん?」 「え…」 唐突なライベルトの問いかけに、ソラディアナは付いていけない。 だいたい、今は床に刻まれた神文字の事について話し合っているのではなかっただろうか。 そんな疑問が頭を掠めたが、質問してきた彼を無視するのも気が引けるので、とりあえず思いついた事を口に 出してみる。 「ええっと、クラウスの好みの女性がいなかったから?」 「半分正解ですかねぇ。でもそれでは完璧とは言えない。実はね、お嬢さん。答えは――」 そう言葉を続けようとしたライベルトをクラウスが何やらイラついたように阻む。 「おい。何勝手に人の話題を持ち上げてるんだ。しかも、今の状況とは全く関係ないだろ」 「後に関係してくるからいいのですよ」 「はあ?」 ライベルトはそう言ったっきりクラウスが何か言ってくるのも無視をして、ソラディアナの方に再度視線を向けた。 「お嬢さん、話を途中で切って申し訳ありませんでしたね」 「あ、いえ」 「答えは、あなたの言った事もありますが、何よりシステリア様は女性という可憐な存在が苦手なのですよ。 まあ、酒屋のリーアは別としてですが」 「はぁ…。――って、ええっ!?」 ソラディアナはライベルトが話したクラウスに関する衝撃の事実に驚きを隠せなかった。 確かにクラウスは少し無愛想ではあるが、今まで見てき限りそのような様子は微塵もなかったような気がする。 現に、女性が苦手ならばどうして自分と会話をしているのだろうか。 「最初、言葉にさえしませんでしたが内心では驚いていたのでよ。システリア様がこんな可愛いお嬢さんとお知り 合いのようで、しかも普通に会話をされていましたから」 「何勝手な事を言っている!?」 クラウスはその言葉に当然の如く噛み付いてきたが、ライベルトは気にする素振りもなくそのまま続ける。 「ああ、やっと我が主殿にも春が来たのだと感動しました」 「おいっ!!」 「お嬢さん、どうしようもない王子ですが仲良くしてやって下さいね」 「ええっと…」 ソラディアナはここまできてしまうと、どう対応していいのかが全くわからなくなってしまう。 「ああ、話は変わってしまいますが。お嬢さんが解読していた神文字。私、どのような魔術か思い出しましたよ」 またまた急に話を百八十度変えたライベルトは何気なくそう言った。 普段の思考ならこうも話題を変える事に疑問を持っただろうが、ソラディアナは神文字の一言に常識を捨てて しまったので気づくはずもない。 「本当ですか!?」 目をきらきらさせながらライベルトに問いかける。 「本当ですよ。しかも、とても珍しい魔術で、神話にも登場してくるものです」 「えっ!?」 「とっても面白い仕組みになっているものでしてね。害を加えるものではありません」 「どんなものなんですか?」 「言葉で言い表すことは難しいですねぇ…。何なら、一度体験してみます?危険もありませんし」 「え。でも…」 「一人で不安なのならシステリア様も一緒になってやってくれますよ」 勝手にそう決めて、ライベルトは意味ありげにクラウスに微笑みを向けた。 何やら嫌な予感がクラウスの頭に傾向を発している。 なんとかして、逃げなければ。 そう思った矢先に、ソラディアナの一言であえなく撃沈してしまった。 「本当に、いいの?」 何やら凄いらしい魔術を体験できるとあってか、本当に嬉しそうにソラディアナがクラウスを見つめてきたのだ。 そんな風に見つめられてしまうと断る事ができなくなってしまう。 「わかったよ…」 クラウスは仕方なさそうにそう言った。 「この魔術は術をかけられる者とは違う者が唱えなければ発動しないんですよ。二人とも、文字の上に立って 下さい。始めましょう」 ライベルトは二人がこの魔術に賛成すると素早くそう言い、指定した通り動くように促す。 ソラディアナは嬉々と、そしてクラウスは渋々とその言葉に従った。 二人がちゃんと床の上に立った事を目で確認すると、ライベルトは刻まれた神文字と同じ内容の文章をまるで 歌うかのように発動させる。 『全ては彼方への聖祝と共に。故に聞きたまえ、我らの声を。代理とす我がここに証明し、誓いを立てよう』 そこまでライベルトが唱えた時に、クラウスはこの言霊と似たようなものを聞いた事があるような気がした。 「おい。ちょっと待て」 思い出せず一度この魔術を中断したもらおうとクラウスかライベルトに声をかけたのだが、言霊が止まる気配 はなく、彼はそのまま魔術が完成するように言葉と紡ぐ。 『流れ行く風、悠久の時間さえこれを阻むものにはあらず。彼方より語る終わりなき神話に刻むは永遠の印。 いざ、歩いて行けよ。全ては始竜の名の元で、枯れ果てる事無く永久に』 そう言い、魔術の言霊が完成した途端。 変化は、起こった。 幾つもの精霊たちが、どこからともなく姿を現し二人の周りを嬉しそうに飛び回り始めたのだ。 次第に床に刻まれた文字が輝きだし、目を覆いたくなるほどの光がこの空間全体を包み込む。 ソラディアナは咄嗟に目を瞑った。 しばらくして光も収まり、ゆっくりと目を開けて見えたのは満面の笑みを浮かべたライベルトの顔。 何がそんなに嬉しいのかわからなかったが、ふと自分の左腕に今まで感じていなかった奇妙な重みを感じた。 不思議に思って腕を持ち上げてみてば、そこのは身に覚えのない細かな装飾が施された白銀の腕輪が嵌められ ており、曇りのない銀の輝きがソラディアナの顔を映している。 横をちらりと向いて見れば、クラウスの右手にもソラディアナと同じような形と装飾をした白金の腕輪があった。 何だろうこれは。 ソラディアナがそのような疑問を持ち始めた時。 クラウスにはこの腕輪に思いあたる節があったのだろう、凄い剣幕でライベルトの元まで歩いて行った。 「ライっ!!お前嵌めたな!?」 「嵌めただなんて人聞きの悪い。私はただ術を発動しただけですよ?」 「何が術を発動しただけだっ!!じゃあ、この腕輪は何なんだよ!?」 「さあ?」 お前っと力んでくるクラウスに飄々とした表情でにこやかに答えているライベルトは機嫌が良さそうである。 そんな二人の様子を、ソラディアナは不思議に思いながら見ていた。 魔術が発動した後に現れたこの美しい腕輪には多少不安を感じるが、そこまでである。 あのようにクラウスが必死で怒る理由も、そしてライベルトが嬉しそうにしている理由が彼女にはわからなかった。 しかし、そんなソラディアナが悠長に構えていられたのはクラウスが次の言葉を喋るまで。 彼は、彼女が想像もしていなかった事を口にしたのだ。 「これは古代に使われていた夫婦の証となる腕輪だろうっ!!?」 一瞬、その言葉の意味を理解できずにソラディアナは呆気に取られる。 そして、次に出た言葉は。 「ええーーーーっっ!!!!????」 空間全体を震わす程の、大きな絶叫だった。 TOP/BACK/NEXT |