天翔る



第一章 始まりは告げられて

第七話 【地下神殿へ】




「ねえ。私、今思ったんだけど…その地下神殿の入り口ってこの学院の何処にあるの?」


それは、ふとした疑問だった。

本当にそのようなものが存在するばらば、魔術や神話などに詳しい教師たちがたくさん居るこの学院である。

大分前に見つかっていてもおかしくはないだろう。

だが、クラウスの口調からするとどうやらまだ地下神殿の事は誰も知らないらしい。

そのな彼らでも気づかない場所の入り口を、この広大な敷地を誇る学院からどうやって見つけ出すのだろうか。

その疑問は、案外簡単に解決された。


「ああ、それなら心配いらないさ。それはこっちでもう調べてある」

「どうやって?」

「この学院が建設された当初の設計図が王城の奥図書室から出てきてな。そこに今の見取り図には書かれて

いない部屋を見つけたんだよ。多分そこが入り口だろ」


その何気なくクラウスが話した内容に、ソラディアナは眩暈を起こしそうになった。

この学院が建設されたのは今からおよそジェニファルド建国当時と重なる三百年程前の話である。

そんな昔の設計図が未だに残されているのは奇跡と言っても良かった。

だが、ソラディアナが眩暈を起こした原因はそこではない。

奥図書室、と言う言葉に憧れのにも似た感情が彼女の体中を駆け巡ったのだ。

ソラディアナはお祭り好きでもあるが、それと同様な程に古い書物にはまるで目がない。

村にいた頃にも、ラリアを引きずりながらよく村で一番年長の御婆の所にある神文字で書かれた古い書物を

読みに行ったものである。

もっとも、ソラディアナはラリアがそれ面倒くさがっていたなどとは微塵も感づかなかったのだが。

「行こうっ!」、とソラディアナが言うたびに嫌そうな顔をラリアはしていたのだが、彼女にはその顔が何故か

「いいよ」、と言っている顔に映ったらしく、ラリアの手を引っ張るようにして何時も出かけていったのだ。

無論、今もその当時の現実を本人は全く気づいていない。

そこがソラディアナの愛すべき美点とも、また性格面でぬけている所とも言えた。

そのように毎回ラリアを道連れにしたおかげか、はたまた御婆の教え方の賜物か、ソラディアナはいつの間

にか神文字を普通の文字と同様、読んだり書けたりできるようになっていた。

何故ソラディアナがまだ子供ながらにしてそのような古い書物に惹かれたのかは本人もわかっていない。

だが、初めて見た時の古い書物の挿絵に、ソラディアナは目が離せなかった。

天を高く見上げ、神々しく輝く始竜とそれを囲むように跪く六つの精霊王たち。

何故か、その神秘的な雰囲気に飲み込まれてしまったのだ。

奥図書室と言えば、神話や精霊、魔術などの分野を研究している人物が目を輝かせて入りたいと願う所である。

古い文献はもちろんの事、今だ世間では知られていないような精霊の特性が書かれた本や、古代魔術などの

詳しい説明がなされている書物など、重要とされる物が本棚にずらっと並んでいるのだ。

その中に、ソラディアナが読んでみたいそうな神文字で書かれた古い書物も存在している。

だが、悲しい事に奥図書室と呼ばれる場所は王城の片隅にあり、王族しか入場を許可されない。

それほど、歴史的にも重要なものが保管されており、また外部に漏れると危険な代物も扱われているのだ。

ソラディアナは自分の目の前いる、何の苦労もなしに自由にそこを出入りできる人物が心底羨ましかった。

そんなソラディアナの心境にクラウスが気づくわけもなく。

そのまま、言葉を続けた。


「じゃあそろそろ行くか。廊下を歩くときはばれないような魔術を使っていけばいいしな」


そう言って腰掛けていた長椅子から立ち上がる。

ライベルトはそのクラウスの行動に続くようにそっとソラディアナの前に手を差し出した。


「では、お嬢さん。参りましょう」


ソラディアナはライベルトの行動にどう対応していいのかわからなかったが、その好意を無下にすることもできず

にそっと差し出されて彼の手に自分の手を重ねて立ち上がる。

彼女はまだ一度も行くとは自分から言っていないのだが、行きたくないとは言えない雰囲気だ。

ただ場の空気に流されるままに行動してしまう。

そして三人は何やらライベルトが魔術を駆使した後に、そっと部屋の扉から身を滑らす。

人が出て行った部屋は、ただ静かな雰囲気を残していた。

窓の外では、青々とした葉が風でそよそよと揺れている。

まるで、三人を見送っているかのように。

その近くでは、小鳥の囀りが聞く者の気持ちを安らげていた。











その地下神殿の入り口とクラウスが言う所は、南東にある校舎の中にあった。

元は何かの部屋として使われていたのだろうが、今は荷物置き場となっているその場所にどうやら彼らの言って

いる見取り図には書かれていない部屋があるらしい。

そのような部屋の、何の変哲もない壁に向かってクラウスが命令するように言った。


【我は始竜ラーファンに祝福された者なり。永きに渡り閉ざされてきた扉よ、今こそ我が声を聞け】


するとどうだろうか。

何も変わるところがなかった壁に、壮大で複雑な模様が描かれている厳粛を兼ね揃えた扉が、目も眩む

ような光と共に忽然と姿を現しのだ。

ソラディアナはその光景にただ息を飲む。

それほどまでに、今目の前で起きた出来事が信じられなかった。

しかし、クラウスとライベルトは驚いているような様子は微塵もなく、平然として扉に向かって歩いて行く。

ソラディアナは遅れないように慌てて付いていった。











そこは、太陽の光がまるで届いていないというのに、何故かほんのりと明るさを持ち合わせている所だった。

広さにして、教室の半分程といったところか。

その部屋の真ん中の床に、見た事もないような複雑な模様で描かれた魔術印がある。

魔術印とは、普段の生活においてあまり使うものではない。

ただ、戦や緊急時など、たくさん精霊を呼び寄せる必要がある時に使う。

また、自分だけの魔力では到底行けないような所に転移する時などにも利用されていた。

どうやらこの魔術印は転移用のものらしい。

その魔術印をライベルトは見て、ほおっと感嘆の声を上げた。


「これは今まで一度も見た事がないような印ですね」


その言葉に、ソラディアナはあれ、と思った。


「ライベルト様は何か魔術に関して勉強でもなさっているんですか?」


今まで聞いたり見たりしただけでもライベルトは魔術の腕に関しては一級品である。

いくら貴族と言っても、普通ここまで腕を磨いているものではない。


「ああ、まだお嬢さんには言っていませんでしたね。私はこれでも城付きの魔術師をやっているんです」


ソラディアナはその言葉にただただ感心をした。

ライベルトはそれを何事もないように普通に言っているが、本当はライベルト程の若い年で城付きの魔術師に

なれるという事は凄い事である。

魔術に関しての腕や知識が高い事は当然と言えた。

だが、幾ら城付きの魔術師だからとっても、誰が精祝者であるかは見抜く事はできない。

その事を、精祝者本人があまり厄介ごとがこないようにするためにも本能的に巧妙に隠してしまうからだ。

ソラディアナはこちらの世界に来た頃から精霊の声を聞くことができた。

それがが王城の者にばれてしまったのは、村にいた頃の小さな事件が原因である。

本人はあまりその事に関して気にしていないようであったが。

そして今回も、クラウスがライベルトにソラディアナが精祝者である事を言わなければ、ずっと気づいていない

ままであっただろう。

そんな事を考えている間にクラウスはいつの間にか魔術印の前まで移動してしまっていた。


「おい、お前ら早く来い」


そうやって急かしてくる。

ソラディアナは急いでクラウスの元まで駆け寄った。


「この上に乗るの?」


何やら怖くなって聞いてみる。


「そうだ」


そうクラウスは言って、躊躇っているソラディアナの腕を掴むと魔術印の中に身を乗り出す。

それに続いてライベルトもその中に入って行った。










部屋全体に、眩いばかりの閃光が広がる。

その光が収まった頃には、その場に誰一人として存在する者はいなかった。












ソラディアナが目を徐々に開けて一番初めに飛び込んできた光景は素晴らしいものであった。

地下にあるというのに清清しいまでの空気を湛えた美しい大理石の床で出来ている壮大で神秘的な神殿。

見る者を圧倒させるような雰囲気がそこからは感じられる。

ソラディアナがまの魔術印から移動したのは、どうやら神殿の中であったようだ。

彼女と同じように目を開けたクラウスたちも、どうやらこの光景に関心しているようである。


「へえー。結構広いんだな」


そう言いながらクラウスは辺りを見回す。

ライベルトがそれに続くようにして言った。


「そうですね。王都にある中央神殿と同じくらいあるでしょうか」


そう二人は会話をしながら、ソラディアナに「行くぞ」、と声をかけ神殿の中をを歩いて行く。

ソラディアナはそんな二人の会話に耳を傾けながら後ろから付いて行った。











彼女はこの時、何か釈然としない不思議な懐かしさを感じていた。

まるで、前にも一度ここに来た事があるような。












ソラディアナは知らない。

まだ、夢の中でしか聞こえていない。

現実の世界でも声が、ずっと彼女の事を『ソラ』、と呼び続けている事を。

また時としてその声は、こちらの名でも呼んでいた。




『空』、と。








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