天翔る



第一章 始まりは告げられて

第三話 【片隅での出会い】




どのぐらい沈黙が続いただろうか。

二人の沈黙を破ったのは、ソラディアナがぽつりと呟いた一言。


「青い瞳…?」


その言葉を聞いた青年がピクリと眉を歪める。

しかし、青年はそれきり何かを喋る素振りもなくただ静かにソラディアナを見つめていた。

お互いの間に再び沈黙が流れ出す。






そもそも、ソラディアナは何故このような雰囲気になってしまうのか理解することができない。

普通ならば、目が合ったと同時に気まずい空気に多少はなってしまうかもしれないが、ここまで初対面の

者と目が合って視線を離すことが出来ないというのは初めてである。

しかし、そうさせる何かがソラディアナと青年の間には存在していた。

それが何かは今のソラディアナは全くと言っていいほどわからないが、一つだけわかる事は風の精霊たち

が自分をここまで導いた理由が、この青年ではないかと言う事だ。

そして、目の前の青年は、青い瞳をしている。


「あなたは、第一王子…?」


再び疑問系になってしまったが、ソラディアナはまったくその事を気にする余裕はない。

しばらくの間青年は黙ったままだったが、やがてはあっと溜息を付くと今まで閉じていた口をやっと開いた。


「お前、精祝者だな。じゃなきゃこの瞳が青色だってばれないようにかけてる魔術を見抜ける訳ないし」


そう青年は言うと、ソラディアナから視線を外し、飲みかけだった度の強い酒を再び飲み始める。


「えっ!?ってことはやっぱりあなた…」

「第一王子な訳ないだろ。お前馬鹿か?この瞳は突然変異でたまたま第一王子と色が似ちゃっただけの

話で、魔術をかけてるのだって誤解されるのが嫌だからだ」


自分の言っている事が本当に当たっているのかと信じかけていたソラディアナは、その青年の一言に脱力

を覚えながら、それと同時にそれもそうだよな、と納得してしまった。

現に、目の前の青年の瞳が青色でも髪の色は自分と同じ黒色である。

だいたい、今日は第一王子の誕生祭である。

その本人が、こんな所にいるはずがないのだ。

そんな考え事をしているうちに、ふとソラディアナは何故風の精霊が自分を彼に会わせようとしたのかと

いう疑問にぶちあたった。

別に、隣にいる彼は青い瞳以外変わった所は見うけられない。

まあ、顔は無駄という程に整っていたが。

しかし、初対面の彼に精霊に導かれてここに来たらあなたがいたのは何故?なんて口説いてるみたいな

事を聞ける訳もなく、ただ自分の胸の内その疑問をに仕舞っておく事しかソラディアナにはできなかった。

帰ったら頭の良いラリアにでも聞いてみよう。

そう最終的に結論付けたソラディアナは隣の青年と同様に飲みかけだった果実酒に手を伸ばす。

それと同じぐらいのタイミングだったか、お酒を倉庫まで取りに行っていたリーアが、重たそうな箱を抱えな

がらソラディアナたちのいる場所まで戻ってきた。


「ごめんなさいね、遅くなっちゃって。探していたお酒がなかなか見つからなかったの」


ソラディアナはリーアがそう言いながら抱えていた箱を床に下ろすのを見て、こんな華奢な体のどこに

あんな重たそうな箱を抱えて運ぶ力があるのだろうと頭の片隅で思ったのだが、考えてみれば彼女は

女伊達らの酒屋の主人である。

そのようなことは日常茶判事で慣れているのだろう。

どちらかと言えばソラディアナも華奢な体をしているのだが、到底リーアと同じようにあの重そうな箱を

運ぶのは無理であった。


「ねえ、ソラ。私、倉庫にいる時に名案を思いついたんだけど…」


お互いの名前は既に紹介し終わっていたので、リーアはソラディアナの愛称であるソラと呼ぶ。

その事に一瞬懐かしいという衝動と同時に胸に痛みが走ったのだが、ソラディアナはそれを誰にも

気づかれないように必死で笑顔を作りながらはリーアに名案について詳しく話してくれるよう促した。


「あなた、友達を探してるって言ってたじゃない?相手の方も探しているだろうし…そこで、思いついたの。

こんな辛気臭いところでずっとぐうたらと飲んでるクラウスに、一緒に探してもらえばいいのよ!!」


思わず、飲んでいた果実酒をソラディアナは噴出しそうになってしまった。

隣にいた青年――名をクラウスと言うらしい――もソラディアナと同じような心境だったらしく、二人の

会話を黙って聞いてリーアが突然言ったことに一瞬呆然となっている。

そしてソラディアナよりも先に
我にかえったクラウスは、当然の如く反発をした。


「なんでこの俺がそんな面度くさい事をしなくちゃいけないんだ。絶対にお」


お断りだ、とでも言おうとしたのか。

しかしそれを言い終わるよりも先にリーアが言い募り、クラウスは言葉を飲み込む他なかった。


「まさか、断ろうってんじゃないでしょうね、クラウス?こんなか弱そうな可愛らしい娘が困っているのよ?

しかも一人でこの王都を探し回るなんてもってのほか。わかるわよね?」


ものすごい迫力である。

ソラディアナはただ呆然と二人が言い合っている光景を眺めていることしかできなかった。










第一、別にソラディアナはラリアを探してはいない。

どうせ学院内の寮に戻れば合える(彼女は烈火の如く怒るだろうが)だろうし、ソラディアナにはこの大勢

の人の中から特定の一人を見つけ出すという根気のかかる事ができる訳もなかった。

そして第二に、ソラディアナは精祝者だ。

危険について心配する事はないのだが、悲しいかな、リーアはその事を知らずまた教えるタイミングも

ソラディアナやクラウスは掴むことはできなかった。

二人の会話は当人であるソラディアナを差し置いてどんどんと進められていく。

結局クラウスが折れたのは、リーアのこの一言だった。


「ばらすわよ」


何をばらすと言うのだろうか。

ソラディアナはその事を多少疑問に思ったが、どうも聞ける雰囲気ではない。

最後にクラウスの卑怯だっと叫ぶ声と、リーアが勝ち誇ったような顔をしている光景が目の前に広が

っている。

そしてリーアは満面の微笑みで視線をクラウスから呆然と二人の会話を聞いていたソラディアナの方

に向けると、先ほど言っていた名案の結末を彼女に告げた。


「良かったわね、ソラ。クラウスが一緒に友達を探してくれることを快く引き受けてくれたわよ」


いや、ものすごく反発していたのですが。

そんな台詞を、ソラディアナが言える訳もなかった。

そして、数分後。

ソラディアナたちは会計をすませると、「いってらっしゃい、また来てね〜」、と笑顔で二人を見送るリーア

を尻目に、店を出た。










不機嫌大魔王が、自分の横を歩いている。

店を出てからのソラディアナの心境は、これだった。

先ほどから彼女の隣を歩いているクラウスは自分から溢れ出る非機嫌さをまったく隠そうともせずに、ただ

もくもくと黙ったまま歩いている。

そのようであるから、ソラディアナは非常に申し訳なささと、居心地の悪さでいっぱいだ。

しばらくの間、ソラディアナはその沈黙を我慢して耐えてたが、とうとう限界がきたのか、隣を歩いている

クラウスに話かけた。


「ねえ、クラウス。私、不思議に思ってたんだけど…リーアとクラウスの会話の仕方からして、あなたってあそ

この店の常連客なのよね?でも、客にしてはリーアと仲が良かったし…ひょっとして恋人同士なの?」


あの二人の仲の良さをみれば大抵の人が思うことだ。

しかし、クラウスにはその質問があまりのも予想外だったのか、突如として歩いていた足を止めると、

おもいきりむせてしまった。

その状況に慌てたのはソラディアナである。

どうしていいか分からず、おろおろとクラウスの周りを動いていると、自分の耳に抵抗感がいっぱい詰まって

いるような声が聞こえてきた。


「あいつと俺が恋人同士だと…!?そんな訳、例え世界が腐ったとしてもあるか!!」


耳が痛くなってしまうような大声で否定の声。

そんな状況下での唯一の救いは、今二人が居る場所が人道りの少ない道だった事だろうか。

ソラディアナは、間の抜けた声で反応するしかなかった。


「はあ…」


そんなソラディアナの様子にまだ誤解が解けていないとでも思ったのか、クラウスは声に力を入れて念を押す

ように彼女に言い募る。


「いいか、よく聞けよ。今すぐその考えを脳みその皺から消し去れ!!俺とあいつが恋人同士なんて思考が

一体どこから生まれてくるんだ!俺たちはただの客と店の主人という関係だっ!!」


あまりにも必死さが詰まっているその声色に、ソラディアナはただただ頷く事しかできない。

その姿にこいつは本当に理解したのか?という疑いを持ちながらも、先ほどの不機嫌さは多少は残っているが

機嫌を直したらしいクラウスは、それで、とソラディアナの方に歩きながら視線を向けるとやっと本題の事に

関して問いかけてきた。


「お前の友人とやらはどんな容姿をしてるんだ?それが分からなきゃ探しようがない」


どうやら、クラウスは最早諦めてラリアを一緒に探してくれるようである。

その必要はまるでソラディアナの中ではなかったのだが、その事を伝えた後のクラウスの反応が怖い。

ソラディアナはそれを敢えて黙りながら彼にラリアの容姿の特徴を伝えた。









それから二時間程しただろうか。

案外話してみれば会話が続くクラウスと他愛無い会話をしながらラリアの行方を探していた二人は、やっとの

事で十メートル先ほどにきょろきょろと辺りを見回している彼女の姿を見つけ出すことができた。


「良かったな、見つけれて。あ〜まじで疲れた…じゃあ、用事も済んだ事だし。俺はもう行くからな」


どうやらラリアと会ってはいかないらしい。

そう言い、くるりとソラディアナに背を向け去っていこうとするクラウスの姿にソラディアナは思い切り慌てた。

お礼の言葉を言わなければいけないのだが、何故か喉が詰まったように何も言うことができない。

そしているうちに、彼の姿は人ごみになかに消えいく。

ソラディアナはただ、それを見送るほかなかった。










それからラリアと数時間ぶりに再会したソラディアナは、予想していたとおり彼女にまるで拷問のように

一時間ほど叱られた。

もともと、逸れた原因はソラディアナである。

その事に関しては全く弁解する事ができなかった彼女は、ただ大人しく叱られるほかなかった。








やっとラリアの怒りから開放され、自分の部屋のベットに寝転んでいる時に。

ソラディアナは今日の出来事を頭の中で思い出していた。

結局、あのクラウスにお礼を言えなかったことが悔やまれてしかたがない。







しばらくの間、いろいろな考え事をしていたが、やがてだんだんと眠気が襲ってくる。

そんなまどろんだ状況下で、ふとソラディアナは今日疑問に思った事を思い出した。

風の精霊の件である。

叱られるだけで結局ラリアに聞きそびれてしまったソラディアナは、薄れ行く意識の中で明日聞いてみようと

心に決めた。

そして、もう一つ。

クラウスと始めて目が合ったときの旋律が渦巻くような感覚。

あれは、一体なんだったのだろう――――そこまで考えが及んだあと、ソラディアナの意識は完全に眠りの

世界へと旅立っていった。










歯車はくるくると回る。

まるで、新たな予兆を示すように。

少しずつ、だが確実にゆっくりと。

歯車は、回っていた。








TOP/BACK/NEXT