天翔る



第二章 麗しき水の都リーレン

第十七話 【精霊糸】




二人がまず先に来たのは、ソラディアナがシェイリーナに出会った場所でもある神殿だった。

クラウス曰く、失せ物を探し出すにはまず無くした場所から捜索を開始するのが一番良い方法らしい。

シェイリーナは物ではなく人なのだが、そう細かい事を気にしていては何も始まらないのでソラディアナはその

意見に賛成し、ならばと彼を急かすように神殿への道のりを歩いていった。


「しかし、よりによって神殿か…あまり行きたくなかったんだがな」

「え、そうなの?」

「ああ---この首都の神殿って【水の神殿】って呼ばれてるんだろ?そこに…知り合いがいるんだ」


歩きながらクラウスは、何とも憂鬱そうな顔で声を絞り出すように言う。

ソラディアナはその表情を見てふと以前彼がライベルトの事を語っていた時も同じ顔をしていた気がした。


「ねえ、その知り合いって、ライベルト様と同じような人種とか言わないよね?」


正に、生死の審判でも聞くような心地である。クラウスはライベルトと言う名を聞き一瞬苦虫をかみ締めたよう

な顔をしたので彼女は内心冷や汗を掻きもしたが、その後の言葉で一応安心する事が出来た。


「いや、あいつに比べれば十分真面目だ。…おい、ところでソラ。お前俺の知り合い全部が全部ライのような

奴だとか思ってないだろうな?」

「あはははは、そんな事ないよ。……あっそれはそうと、何だか昨日より人が多い気がしないっ?」


思っていた事を図星され多少後ろめたい所もあったのか、それを指摘される前に何とかこの話題から遠ざかろ

うと、話を全く違うへソラディアナは掏り替えようとした。と、言っても、二人で歩いていた時から気になっていた

事なので突然思いついた事ではないのだが。

クラウスは話を逸らされた事に気づいて多少美しい顔を歪め何か言おうと口を開きかけたが、そこで思い留ま

る事でもあったのか、諦めたようにはあっと溜息を付き、口を閉じる。そして、気分でも変えるように彼女に向か

って軽く相槌をうち、何とも気のなさそうな声でその疑問に対しての返答をした。


「何か催し物でもあるんじゃないか?だいたいそんな所だろ」

「そうなの?」


話題が何とか変えれた事に内心彼女は安堵しつつ、クラウスのそんな意見に軽く首を傾げる。

行事と催し物は違い、前者は国全体、後者は小規模単位で行われるものだが、王子として勉学に励んだ彼で

も今日どのような催し物が行われているかわからないらしい。他国の行事くらいは知っているだろうが、催し物

となると頻繁に各地で開かれているため、わからなくてもまあ当然ではあるが。





その後些細なやり取りをしながら人の波に添って歩いていけば、数分もしないうちに神殿へと辿り着く事が出

来た。その神殿は、昨日彼女が初めて感じた時と変わらず水の精霊の気配が建物全体を覆っている。

-------------ただ一つだけ、昨日と圧倒的に違うところがあったのだが。


「……なんだこの人だかりは」


目の前に、次々と神殿へ入っていく人の列があった。出入り口の両脇では神官が一人ずつ立っており、何が

起こっても直に対応出来るように目を光らせている。この人の多さで怪我人や迷子が出る可能性があると予

想しているからだろうか。


「昨日はこんなに混んでなかった筈なんだけど…」


確かに他の建物に比べれば出入りする人数は多かったが、今日の比ではなかった。


「こりゃ明らかにさっき言ってた催し物関係だな」


クラウスは神殿の出入り口に繋がる階段の前に一旦止まると少し面倒くさそうな顔でそう言い、辺りをぐるり

軽く見渡す。そして、ソラディアナの方へと顔を向けた。


「今から並んで中に入ると結構時間掛かりそうだぞ。どうする?」


確かに、昨日のようにすいすいと中へは入って行けなさそうである。だが、街に戻って闇雲に探すよりは大人

しくここで並んで目的を果たす方が有意義なようにソラディアナは思えた。それに、中で何が行われるのか多

少の興味もある。不本意な理由にせよ、折角旅をしているのだ。沢山の物や人に会って、残る思い出を作っ

ておきたいと言うのが彼女の正直な心情である。勿論、シェイリーナを探す事が大前提であるが。


「並ぼう。時間が掛かるって言っても十分単位ぐらいだろうし」

「まぁな。…けど、あれだろ。どうせお前の事だから中で何があるのかも気になってるんだろ?」


そんな事をクラウスは言い、嫌味を含んだ笑顔をソラディアナへ贈る。今さっきまで考えていた事を指摘され、

思わず恥ずかしさで顔が赤くなるが、それを見られまいと彼女は一人でさっさと歩き出した。

このような時は、逃げた者勝ちである。こんな顔が見られれば更にからかわれる事が予測され、痛い目を見

るのは自分である為その行動は迅速だ。旅に出る前はそのように素早く対応出来なかったであろうが、今ま

での旅路である程度は学んだ。いや、嫌でも学んでしまったと言う方が正しいのかもしれないが。

彼はそんな素直な反応に声を押し殺したようにクスクスと笑うと、先に行ってしまった彼女の後を追う。

これからもうしばらくこんな日常が続くんだろうな、ソラディアナにとっては不吉な事を思いながら。






人の列の沿って神殿の中を進んで行く事三十分程。まだまだ先は長そうだが、そこでふとソラディアナは気

づいた事があった。昨日は通れた筈の幾つもの廊下が、今現在は通行止めになっているのである。

その事をクラウスへ問いかけてみれば、事も無げに簡単に答えは返ってきた。


「そんなの今回の催し物が礼拝堂であるからだろ。そういう時はそこの警備に重点を置く為に他の場所は閉

鎖するんだ。流石に神殿全体を警備する事は人数的にも不可能だからな」


今まで王族として出てきた式典等での経験から来るものなのか、その言葉の端々はさも当たり前を言った意

味合いのものが含まれており、やっぱり自分とは違うんだなぁと彼女は内心感心する。


「そっかぁ、行けないんだね…昨日の広場に行ってみたかったんだけど。シェイリーナともそこで会ったから

神殿内で初めに向かうならそこだと思ってたんだけどな」

「こんな風に封鎖されてるんだからそっちに居る事はまずないだろ。居るとしたらこのまま進んだ先だ」


確かに、クラウスの言う通りだろう。周りの人々はどうやら迷う事なく礼拝堂へ歩みを進めているようで、通

行止めになっていない脇の廊下に向かおうとする者は見た限りでは神殿関係者以外一人もいない。

と、そこで彼女は、いつの間にか前方に微かにだが大きな礼拝堂に続く扉が見えてきた事に気づいた。

距離からして、あと10メートルだろうか。周りに人がいなければ直にその扉を見つける事が出来ただろうが、

生憎と前を歩く人々が邪魔して今はこのぐらい近づかないと確認出来ない。

入り口が近いと感じて皆歩みが速くなったのか、ここからは然程時間を掛けずに辿り着ける。

周りの人々はやっと着けたと安堵の表情を浮かべていたが、ソラディアナもそれは同様だった。

ゆっくり皆に合わせて歩くというのは、案外に体力的にも精神的にも疲れるものなのだ。隣にいるクラウスの

顔色は外にいた時と同じで変化は見られないが、それは慣れと体力の差だろう。彼はその特殊な立場故に

様々な経験をしている事を彼女はここ数週間で話をする内に理解している。

自分もいつかこんな事でへばらない様になりたいな、と思いながらソラディアナは両開きの優に3メートルは

超える扉を潜り抜けた。厚さも結構あるので、開ける時は二、三人の力が必要となるだろう。

廊下を出ればそこは多くの人々が集まる精霊王リーレンを祀った礼拝堂となっている。彼女はそこに入った途

端、その部屋の広さや規模の大きさに暫し言葉を失った。

まず目に飛び込んでくるのは、円形状になった礼拝席。見た限りでは普通の神殿の収容人数と比にならない

程の席数が備え付けられており、今現在その大半が人々で埋まってしまっている。

皆が視線を向ける事になる礼拝堂の中心には厳かな祭壇とそれを囲むように数々の石像が授けられており、

見ているだけでも人々を魅了させた。天井からは神聖さを感じさせる日の光がステンドガラスを通して降り注

いで、それが神官が祈りを捧げる場をうまい具合に照らしている。流石にクラウスも感心しているようだった。


「へぇ…結構変わった形をした礼拝堂だな。噂には聞いていたがこれ程とは思わなかった」


彼はそう独り言のように呟きながら、神殿関係者に誘導されて指定された席へ身を落ち着ける。ソラディアナ

もそれに倣い、ゆっくりと腰を下ろした。


「そうだね、私も初めて見た。でも…どうやこの中からシェイリーナ探そう?」


このように座った状態では、満足に動き回る事も出来ない。そうなると、彼女を探すのは至難の業だ。


「それなら問題ない。ソラが【精霊糸】を使えば簡単に見つかる。まぁ、この場に居たらの話だがな」


ソラディアナとは違い、そう悩んだ顔をしていなかったクラウスは事も無げさらっとそう口にした。だが、言わ

れた彼女からしてみれば簡単に頷ける内容ではない。


「なに…精霊糸って?」


初めて聞く言葉に、内心首を傾げる。そんなソラディアナを、隣に居る彼は呆れたように見下ろした。


「仮にも精祝者だろ…それぐらい知っとけよ。いいか、精霊糸っていうのは云わば人間と精霊の繋がりを形

にしたようなものだ。普通の魔術師じゃかなりの手順を踏まないと見ることは出来ないが、精祝者なら精霊

に精神を集中させるだけで簡単に見る事が出来る。そのシェイリーナって子も精祝者なのかもしれないん

だろ?だったら水の精霊との繋がりが一段と強い筈だ。それを、見つければいい。まぁ、ある程度近づいて

から使わないと見つからないってのが難点だけどな」


彼女は彼のそんな物言いに何やら自分を馬鹿にされたようで少しむっとしたが、精祝者である己がこの言

葉を知らなかったと言うのは確かに恥ずかしい事である。だが、ソラディアナから言わせてもらえばまだ学

院で習っていないのだから知っていなくても仕方がないのではないかと思えた。

平常心、平常心…と心の中で何度も唱えながら、善は急げとでも言うように、説明された順序で周りに漂う

水の精霊へ精神を集中させていく。催し物が始まってからやっていては、気になってきっと集中が乱れてし

まうと思えたからだ。




すうっと、周りの気配が遠ざかっていくのがはっきりとわかった。

まるで、その場に自分しかいないような感覚。

彼女の周りの集まっていた水の精霊たちは何も言わずともその意思を汲み取り、協力してくれる。

この時ばかりは、彼らと一心同体になれた気がして心地良かった。

精霊糸と呼ばれる繋がりが徐々に形をなしていき、やがて無数もの線が張り巡らされているのが見える。

-----その、中で。どの線よりも太く強い輝きを放ち、他の繋がりとは明らかに違うものがあった。




見ている側が惹きつけられてしまいそうな、眩いばかりの光。

それを、手探りで探っていけば--------




「いたっ!!」


無意識に向けたソラディアナが視線の先を、クラウスも追う。

それと同時に、今までざわついていた雰囲気から人々の声が歓声へと変わり、礼拝堂全体を覆い尽くす。





彼女の瞳に映ったのは、複雑な文様が何重にも縫われた巫女服を着た一人の幼い少女。

記憶に残るその横顔に、無意識に言葉が漏れた。






「シェイ、リーナ…?」







TOP/BACK/NEXT