天翔る



第一章 始まりは告げられて

第十二話 【続く道に】




「おい、ぼーっと突っ立ってるな!俺の声が聞こえてないのか!?」

「……え?」

「時間がないんだ!早くしないとあいつらに追いつかれる!」


一気にそう言葉を続けたクラウスは、扉の前で現在の状況を把握出来ず固まってしまっているソラディアナの元まで

荒々しい足音をたてながら近づいていくと、彼女の右腕を掴んだ。

そんな彼の行動でやっとの事少しだけ自我を取り戻す事が出来たソラディアナは、自分の右腕を掴みながら急いで

何処かへと連れて行こうとするクラウスに慌てて声をかける。


「クックラウス!どうしてあなたがこんな所にいるのよ!しかも、国から逃げ出すってどういう意味っ!?」

「そのままの意味だ」

「そのままって言われても…!それに、どうして私も一緒に行く必要があるの!?」

「その事を今ここでゆっくり話している時間はない!あとで話すから…ああもう!準備をする時間も惜しくなってきた」

「ちょっと…」

「決めた。もうそのままでいい、すぐに出発するぞ!」


彼の行動の意味を何一つ理解する事ができないソラディアナは、そのまま彼女の腕を引きながら割れてしまっている

窓に近づいて行こうとするクラウスに対してこのまま静かに従う気にはなれない。

掴まれている右腕を腕輪が嵌っている左腕で外そうとしながら、何とかその場に留まろうとした。

だが、所詮は男と女。

圧倒的に力の差がある彼に対して、敵うはずがない。

クラウスは何とか自分から逃れようとするソラディアナの様子に、少なからず冷静さを取り戻したようだ。

しかし、だからと言って掴んでいる彼女の腕を離すわけにはいかない。

いきなりやって来て無理やり自分を連れて行こうとする人物に対して反抗するのは当たり前なのだが、現在の状況を

彼女が理解してくれるまで話している時間など、今の彼にはないのだ。

クラウスはその場から動こうとしないソラディアナの腰を両手で軽々と持ち上げると、己の肩に担ぎ上げる。

そんな彼のいきなりの行動に、ソラディアナは当然の如く抗議の声を上げようとした。

だが、声を発する前にクラウスがソラディアナを担ぎ上げたまま割れた窓からその身を突然のり出した為に、彼女は

驚きにあまり言葉が出なくなってしまう。



闇夜に、二つの影が宙を舞った。






今現在、ソラディアナは青翠の月が照らす夜空の下を白い馬に跨りながら走り抜けていた。

突然の変化に少し気を失ってしまっていた彼女の後ろにはクラウスがおり、己の馬を操っている。

王都からは既に、馬を操って進んたとしても何日もかかるであろう場所に彼らはいた。

数分前まで自分の部屋にいたはずなのに、目を開ければ全く見覚えのない場所にいたソラディアナは始め混乱した。

しかも、知らない間に自分は白い馬に跨っており、風が結っていない髪を弄んでいる。


「ここ、何処…?」

「王都の南にあるファルンドから少し離れたところだ」


独り言のようにポツリと呟いたソラディアナに、クラウスは丁寧にもちゃんと答えてくれる。

へー、としばらくの間思考がまともに戻っていなかった彼女は、そう返事を返したあとにふと疑問を感じた。


「ファルンド…?」


その名は、確か王都から何日もかかった所にある国境に近い地方都市のものだ。

先程まで王都にいたはずの自分が、どうしてこのような所にいるのだろうか。

その疑問をクラウスは彼女の様子から汲み取ってくれたのであろう、質問をする前に彼が口を開く。


「お前の部屋の窓の下に俺の馬を待たせておいたんだよ。そこからちょっと裏技を使ってここまで転移したんだ」


簡単にそうクラウスは言ったが、彼が喋った内容はとんでもないものである。

現在の魔術の技術では、魔術印を使うほかに一瞬で遠い土地へと移動することはできない。

だが彼が馬を待たせていたという場所にはそのようなものは存在していなかったはずであるし、第一に夜は魔術印を

開放している神殿も閉まっているはずだ。

しかし、そのような事を問いただすよりも先に、ソラディアナにはクラウスに聞かなければいけないことがあった。


「ちょっと…!そんな事より、ちゃんと説明してっ!」


今回、自分がこのような事態に巻き込まれてしまった理由を、まだ彼女はクラウスから聞かされていない。

彼はソラディアナの言葉に一度苦虫を噛み潰したような顔をすると、嫌そうな表情をしながらもちゃんと答えた。


「お前を巻き込んで悪いとは思ってるよ。だが、今回のもともとの原因はライとクソ親父のせいなんだ」

「親父って…国王様のこと?」

「そうだ。…っていうかあんな奴に”様”なんて敬称つけてやる必要なんかないっ!いいか、あいつはライと共謀して俺

たちを嵌めようとしたんだ!!」


言っているうちに沈んでいた怒りが再び浮上してきたのであろう、徐々に言葉を荒々しくしながらクラウスはそう言った。

そんな彼の様子にな並々ならぬものを感じながらも、ソラディアナは言葉を続けてくれるよう彼を促す。


「嵌めようとしたって…どういう事?」

「…………」

「ねえ、ちゃんと答えて」

「……結婚だ」


彼女のしてきた質問に、荒んであいた感情が一気に沈んだクラウスは、言いにくそうにしながらも一つに言葉を紡ぐ。

しかしそれだけでは、ソラディアナは理解する事ができなかった。


「結婚って?」


当然のようにまた疑問を投げかける。

クラウスは何としても聞き出そうとする彼女の様子に腹を括ったのか、事の全貌をはっきりとした口調で話し始めた。


「いいか、落ち着いて聞けよ。…今朝、起きたら薄気味悪いほど笑顔を醸し出したライが俺の前にきて親父が呼んで

るって言ってきたんだ。しかも、公式での面会で、な。この意味がわかるか?家臣の居る前で何か言われるんだよ。

非公式や朝食で会うときでもいいのに、だ」


彼の声色を硬くしたまま続ける。


「急いで用意をして謁見の間に行ってみれば、国を支えている重臣が全員親父の下に控えて並んでたんだ。これは

普通じゃない、と思った矢先に言われた言葉がこれだ」


ソラディアナはそれ以上聞いてはいけないような気がしながらも、好奇心に負けて聞いてしまう。


「何て言われたの…?」

「結婚しろ、と言われたんだ」


クラウスの言った言葉に彼女は多少驚きを感じたが、彼は第一王子であり年頃の青年だ。

そう言われても、何ら不思議はないはずである。

このように自分を連れて逃げる必要がどこにあるというのであろうか。

しかし、その疑問も口に出す前にクラウスが続けた話によって嬉しくもない展開を迎えながらも解決された。


「いいか、他人事じゃないんだぞ…結婚しろと言われた相手はお前だ」

「………………………は?」


思いもしていなかった彼の言葉に、ソラディアナは対応する事ができなくなる。

そんな彼女の顔色を心配しつつ、クラウスは己の話をそのまま続けた。


「地下神殿のときライが親父に伝言で余計なことを伝えてただろ?城に帰ってもその事を追求してこなかったから、

気味悪いと思ってたんだ。そしたら、あのクソ親父こんなとんでもない事計画してやがった」

「でもでも…っ!!なんで私なのっ!?」

「それは知らん。腕輪の片方を付けているのはお前だからな。今回の夫婦の腕輪をいい機会にこのまま重荷を片付け

ようとでも思ったんだろ。…そうじゃなかったら、たんなる俺への嫌がらせだ」


そう言ってクラウスは一旦言葉を区切り、はあっと疲れたように溜息をつく。

ソラディアナはまたもやとんでもない事に巻き込まれてしまった自分の運命を呪いたくなってしまった。


「ライベルト様も結婚の事に関して国王様と共謀しているんだよね…?」

「そうだ。あいつは親父と何気に気が合うからな…関わっているとしか思えない。謁見が終わった後に逃げようとした

俺を部屋に閉じ込めたのもあいつだしな。ここまで来た術での転移をしようにもある程度の準備が必要だから抜け出

すのに時間がかかったんだ」


そこまでクラウスは言い終わると、ソラディアナの顔を覗き込んだ。


「大丈夫か?あのままお前を学院に置いておくと必ず城から迎えが来たはずだからな。一緒に連れてきたんだ」

「うん…王城に連れて行かれるのは嫌。でも、学院はどうなるの?まだ入ってそう経ってないのに…ラリアやサーシャ

も心配するんだろうな」

「その事なら心配いらないだろ。ライはそういう事に関してはしっかりしているからな。学院側には誤魔化しをいれるは

ずだ。友人の事に関しても同様に」

「なら、心配ないけど…これからどうするの?私なにも用意してないよ?」

「俺が無理矢理連れてきたからな〜必要な物は国境を出てすぐにある村か何かで調達すればいいだろ」


そう言い、操っていた馬を手綱を引き一旦止めると休憩するのか、クラウスは跨っていた馬から降りた。

ソラディアナもそれにつられるように彼の手を借りながら地面に降り立つ。

馬は近くに生えていた細い木に繋ながれ、いつもの倍乗せていた疲れのためかクラウスが差し出した水を凄い勢いで

飲みはじめている。

二人は夜空を見上げながら再び会話を始めた。


「一体いつまで他国に居るつもりなの?」

「あいつらが諦めるまでだ。ラーファンに腕輪を外してもらったとしても結婚させようとするだろうからな」


それに、とクラウスは続ける。


「一つの国に留まる訳じゃない。あいつらは怖い程に情報収集がうまいからな。一箇所にいればばれる可能性がある。

だから、何カ国も移動するつもりだ」

「…それってほぼ旅に近くない?」

「そうだな、その目的もないことはない。前から旅に憧れてたんだ」

「何かさ、最近の私って不幸だよね。いろんなことに巻き込まれてる気がする」

「それがお前の人生だ。諦めろ」

「もうっ!ちょっとくらい慰めてくれたって良いじゃないっ。それに、前から思ってたんだけど私のことちゃんとお前じゃな

くって名前で呼んで!」

「は?」

「だーかーらっソラディアナっていう名前が私にはちゃんとあるんだからそれで呼んでよっ」


これから不本意ながらも一緒に行動する事になるのだ。

ソラディアナはずっとお前と呼ばれ続けているのはどうも気に入らない。

クラウスはだんだん彼女本来の性格を理解しつつ、わかったよ、と彼女の要請を受け入れた。


「ソラディアナだなんて長い名前で呼ぶのも面倒くさいな…」


そう彼はポツリと呟くと、休ませていた馬の手綱を木から外し再び跨る。

そして、ソラディアナが乗りやすいように片手を差し出しながら言った。





「行くぞ、ソラ」





急に呼ばれたその名に、ソラディアナは一瞬体を硬くさせる。

しかし今までその名で呼ばれても動揺しないように心がけてきた成果か、クラウスには気づかれずに済んだ。

差し出された手を掴みながら、その身を馬の上に乗せる。

暗い道を術で照らしながら、他国へと続く道筋を静寂の中再び馬を進めた。










始まりを告げたのは、ひとつの出会い。

静かに、だが確実に聞こえ始めていたのは。




----------再び巡り来る、運命の音。







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