天翔る 第一章 始まりを告げて 第一話 【光立つ都】 世界でも有数と言われるほどの領土を持つ国、ジェ二ファルドの王都ともなると他の都市とは比べもの にならない規模と賑わいがあり、祝日や祭りの日に限らずたくさんの店が軒を連ねている本通りはまだ 早朝だというのに人でごった返していた。 訪れてくる人々はさまざまな色の髪や瞳をしており若い娘から年老いた老人まで年齢層的にも幅広い。 「はあ…何かすごい人だね〜初めて来たけどさすがは王都っ!!って感じ」 年齢的には十六、十七ほどであろうか、背中の中ほどまであろう黒色の髪を結わずにそのままにして いるソラディアナは賑わっている人盛りを眺めながら感嘆した声で思わず感想をもらした。 「当たり前でしょ、何たって世にも名高い『光立つ都』よ?これくらいが普通なんじゃないの?」 隣でソラディアナと共に王都を探索しているラリアはそう言う、とそわそわと辺りを見渡して下手をすると どこかにふらふらっと行ってしまうであろう友人を注意をして見ていながら答える。 「そうなんだけどさぁ…圧倒されるって言うか。人の多いところ慣れてないから」 そう言い終わってからソラディアナは吐息をつく。彼女の横では仕切りに客寄せの為に呼びかている 屋台の主人がいた。今の季節はそろそろ暑さが肌を焼いてくるようになった初夏。 野菜や果物を扱っている市の店では夏特有の作物が商品として姿を見せ始め、それを朝食にする つもりなのか、王都に住んでいるのであろう主婦たちがせっせと材料を買い求めている。 雑談をしているのであろうか、近くでは笑い声が響き渡っていた。 彼女たちは元々この王都から三日ほど離れた村で生活をしていた。そこは山に囲まれた小さな所で、 四季も豊かな事で知れ渡っているごくごく普通の村である。 そんな小さな村に住んでいた彼女たちが今回首都に何故訪れたのかと言うと、簡単な理由がこの広大な 規模を持つ首都の端にあるジェニファルド国立の学院に入学することになったためである。 もちろん、国立であるため例え周りから天才と言われる者でも合格するのは難しいと評判されるほどの 難解な試験が存在するのだが、ソラディアナの友人であるラリアはもともと他の者たちとは比べものに ならないほどの頭脳をしていたため、今回の試験では首席という形で合格してしまった。 一方のソラディアナはというと、彼女の性格からして頭が良いとはお世辞を入れたとしても無理がある。 そんな彼女が何故世界にも名高いジェニファルド国立学院に入学することが可能になったかというと、 ある一定の条件から試験が免除されたためだ。 学院の入学式は今日を入れて二週間後である。 首都に住んでいる者ならば、三日程前か学院内にある寮に入れば良いのだが、ソラディアナたちのよう に首都から離れた場所に住んでいる者たちはこちらで生活に必要なものをある程度揃えなければいけ ないためにこのように早くに首都へとやって来ているのだ。 幸いに、寮は三週間前から入室が許されている。 入学者は合計で四百人にも達するため二人が同じ部屋になる事はなかったが、六つある寮の内、同じ 寮に入ることが決定していた。 「ねえ、それより何かを揃えるより先に何処かで朝食にしない?私お腹空いちゃったよ」 「そうね、私もちょっと空いてるし。旅人に食事を提供しているような安い所を探して朝食にしましょうか」 そうと決まればと、二人はその条件を満たしていそうな店を探すため左右に目を配りながら人の流れに 沿って歩いてゆく。 二人が安い所を探すにはそれなりの理由が存在していた。 先ほども言った通り、彼女たちは小さな村出身でそんなに懐が裕福なわけではない。 大商家や貴族の子息ともなれば学院にいる間の生活はなんの苦労もなく過ごせるのだが、普通の庶民 にはそんなことはどんなにもがいても無理である。 幸いに二人の学費は奨励金によって免除されていた為問題はなかったのだが、普段の生活費ともなると 話は別になってしまうのだ。 彼女たちが暮らしていた村の村長はこの村から国立学院に入学する者が出るということはとてもめでたい 事だとある程度のお金を渡してくれたのだが、そのお金も今回の身の回りの物を揃えるための買い物で ほとんど使ってしまうだろうと予測できた。 自分たちが首都で学ぶ三年間の生活費の問題は、村長の遠い親戚にあたる下級貴族のラジアの言う 人物が卒業して働くようになったら返す、という条件で出してくれるという事で何とか解決している。 しかし、だからと言ってそれに甘えてはいけないのだ。 よって、贅沢は禁物である。 その事をちゃんと理解している二人は、二十分程したところで自分たちの条件を満たしているであろう店 を見つけ出した。 二人はそこが人で溢れていることから身に危険はないだろうと判断し、店の入り口へと体を向ける。 店の中は予想した通り人でごったがえしており見る限りではカウンター席しか空いていなかった。 店の主人だろうか、がっしりとした体躯を持った男が空いていた席に座った二人に気づき声をかけてくる。 「おや、初めてのお客さんだね。しかもかわいい娘二人ときたもんだ!!」 がははと豪快に笑うその顔に卑しい含みを持った感じもなく、主人はただ単純に感想を述べているだけ のようであった。 その様子に多少の警戒心を持っていたラリアは安心しても良さそうだと判断したのか肩に僅かばかり入 っていた力を抜き店の主人と目を合わせながら会話は続いていく。 「親父さん、お世辞がうまいのね。冗談だとわかっててもちょっとうれしいわ。私たちこんな大きな首都な んて初めてだからちょっと緊張してたの」 「うんうん。それに人がすごくいっぱいだし」 ラリアの意見に賛成するように意見を述べたソラディアナは主人から視線を外して店の中を見渡しながら ふと思った疑問を口にした。 「ねえ、主人。何か旅人って感じの人より観光客みたいな格好をしてる人の方が多いね。ここって旅人向け の宿屋を兼ねた所なんでしょう?多少の観光客が混ざってても不思議じゃないんだけど、ここにいる人たち ってほぼ八割が旅人じゃないっぽいし…確か観光客向けの宿屋が王都にもあったよね?」 頭の隅で少々引っかかっただけの疑問だったのだが、口にしてみて改めてそれが不思議に思えてきた。 通常、王都に観光に来る庶民はある程度の資金を持ってやってくる。 そこまでの大金ではないのだが一般感覚からすればちょっと多めを盗まれないように魔具に入れ食事代 やお土産代にあてるのだ。 宿探しも持ってきたお金である程度設備の整った場所を借りるのが普通である。 そこまで高くはないので大抵の者がそのような宿屋、簡単に言えば観光者向けの宿屋を利用する。 そのような状況下でこの店の光景は少し異様と言えた。 大抵の宿屋は一階が食事処、二階が宿泊する所という作りになっている。 わざわざ観光客が泊まった所以外の場所で食事をする必要などないのだ。 しかも、旅人向けの宿屋を兼ねたところは大抵少々の危険が付きまとう。 店の主人が情報屋という裏の仕事をしている事も多々あり、闇に属する者や魔族討伐を生業としている 冒険者が出入りする事もあり時々喧嘩が起こる事もあった。 宿の方もベットと机や椅子以外は置いていないため観光客が泊まるには向いていないのだ。 そのような疑問は、ソラディアナの質問に軽く答えた店の主人によって解決された。 「ああ、その事かい。お譲ちゃん良い勘してるね〜。確かに今うちに泊まっている客のほとんどが旅人じゃ ないよ。まあ観光の目的もあるだろうけど、本命は我が偉大なジェニファルドの第一王子、システリア様の 明日行われる誕生祭の見るのが目的だろうね」 時々耳にするその名前にソラディアナはシステリアがどのような人物であったかと頭の中に埋もれている であろう情報を必死で掘り起こしながら思い出してみた。 システリア。 その人物がどのような者がソラナディアのような若い娘に尋ねたのならものすごい勢いで熱心に解説をして くれるでおろう。 そのような関連の情報についてはあまり興味がないソラナディアは名前と第一王子である事くらいしか知り得 なかったのだが、ラリアも似たようなものだった。 システリアと言う名の王子は一言で言えば今の若い娘の熱い注目の的である。 現ジェニファルド国王と第一王妃、ステラの間に王の第一子として生を受け、今度の誕生日で十九という歳を 数える整った顔立ちを持った青年だ。 それだけの理由で人気があるのならば各国の王子も似たようなものである。 しかし、彼の人気は国内に留まらず近隣の国にまで及んでいるのは最早常識とも言ってよかった。 何故、と理由を問われれば彼の容姿を見た途端にその原因を理解する事ができる。 彼、システリアの髪は太陽にも似た金髪であり、瞳の色は海にの色にも及ぶ深い青色をしていた。 この世界に彼と同じ色の髪や瞳を持った人間はきっと誰一人としていないだろう。 金の髪と青の瞳。 その容姿が指すものは、この世でただ一つしか存在しない。 人々は時として彼をリール(祝福された選ばれし子)と呼び、神聖な者を見るような目つきで彼を仰ぐ。 そこまで、彼の容姿は人々に大きな存在感を与えていた。 「システリア様ってあの始竜ラーファンに祝福されてるって有名な王子様でしょ?その人の誕生祭か。 人がたくさん集まるのも無理はないわね」 ソラナディアと同じ疑問を抱えていたのか、ラリアは納得、と頷くとあらかじめ注文しておいた朝食を口の 中に含んだ。 有名人の誕生祭ともなれば数ヶ月前から観光者向けの宿屋は予約で満室だろう。 その影響が旅人向けであるこの宿屋まで及んでいるというのも当然と言えた。 始竜。 そう呼ばれる存在はこの世界の誰もが知っている存在であり、何処の国でも共通して崇められている竜の ことである。 始竜ラーファンは創造主とも呼ばれ、簡単に言ってしまえばこの世界を創造した神。 その姿はいろいろな説が唱えられているが、実際に見た事があるのは始竜の子孫と言われるジェニファルド の王族くらいな者たちだけであろう。 だが確かな事はその姿が竜の姿をしているだけでなく人型にもなることができるということだ。 そのような姿になった時の容姿は現在の第一王子と同じそれ。 システリア王子が世界に名が知られているのも理由が知れていた。 「あれ?お譲ちゃんたちもそれが理由で王都に来たんじゃないのかい?」 彼女たちの態度に少し想像していたものとは違ったのか、店の主人は自分の作った朝食を頬張っている 二人に問いかける。 それに答えたのは朝食の横に置いてあった水を飲み終えたソラディアナだった。 「違いますよ〜私たちそういう情報のはすごく疎くて誕生祭の事も今知ったんです。王都に来たのは観光が 目的じゃなくて今年から学院に入学するためだし」 笑顔で答えたソラディアナは、店の主人が少し顔が強張っているのに疑問を感じたが、たいして気にする事も なく食事を再開させた。 「お譲ちゃん、今学院って言ったよな?ってことは今年の新入生ってことだろ?」 妙に神妙に聞いてくる店の主人にソラディアナは首を傾げながら一応頷いておいた。 その次に耳に飛び込んできたのは、感嘆にも似た主人の心からの叫びだ。 「こやたまげた!!お譲ちゃんたちあそこへの入学者かい!!」 そんなに感心する事だろうかと思ってしまうソラディアナは、目の前で目を輝かせて自分たちを眺めてくる店の 主人が不思議でしかたがなかった。 だがこの場合、店の主人の反応のほうが正しいと言える。 先ほども言った通り、ジェニファルド国立学院は大陸でも有数の難関校であり、一般学生や市民からして見れば その存在は雲の上にあるも当然だ。 やはり、ソラディアナの感覚は普通の人とは百八十度違っている。 そんな事は露知らずか、ソラディアナは二人の会話を聞きながら黙々と食事を続けていたラリアに今思いつ いたばかりの提案を持ち上げた。 「ねえ、ラリア!!どうせ揃える事なんて後からでも出来るし、その誕生祭ってやつを見に行こうよ!!」 実はお祭り好きであるソラディアナの性格をよく把握しているラリアはその言葉を予測していたのか、はあっと 溜息を付く。 「言うと思った…どうせだめだって言ってもこっそりと一人で行く気なんでしょ?そっちの方が危ないわよ」 会話の流れからして誕生祭に出かける事になった二人は、両方とも食べ終わった事を確認するとカウンター席 から立ち上がりながら店の主人に向かって言った。 「親父さん、美味しかったです。また、来させてもらいますね」 「そりゃありがとよ、楽しみにしてるぜ」 そう会話しながらお金を払おうとしたラリアはそれを店の主人に止められた。 「代金はいらないよ。今回は俺からの二人への入学祝いとして奢りだ。そのお金は別の事に使ってくれ」 でも…っと言い返そうとしたラリアに良いってことよっ!!と頷いた店の主人の善意に二人は笑顔で何度も お礼を言いながら店の外へと出て行った。 それからの時間は、生活必需品を揃えるために一日中使われた。 ある程度区切りをつけ自分の部屋がある寮に入室できたのは、夕方の六時頃。 簡単に夕食を寮の食堂で済ませたソラディアナは、まだ部屋の相方がいない部屋の隅に置かれているベット に倒れこむような形で今日一日忙しく溜まった疲労ためか、直ぐに深い眠りへと誘われていった。 その眠りの中でソラディアナ見た夢は、とても不思議なもの。 呼んでいた。確かに、その声は呼んでいた。 『ソラ』、と。 TOP/BACK/NEXT |